節分は2月3日だけじゃない?2018年はいつ?本来は立春の前日が節分なのだ!




節分 2月3日

福豆をまき、恵方巻きを縁起の良い恵方の方向をむいて食べる節分は、毎年2月3日と決まっていると思っていませんか?

 

実は、節分は2月3日とは限らないのです。

 

何気なく2月3日が節分、2月4日が立春だと決めつけていた脳のメモリーをクリアにして、新しい明確な情報をインプットしましょう。

 

★こちらの記事も参考にどうぞ!
>>節分の恵方巻きや豆まきの由来や意味は?子供向けにわかりやすく解説します!

 

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節分は本来は立春の日の前日 

節分 本来 立春 前日

節分の言葉の意味は「季節の節目」です。

 

1年を4つに分けた「各季節の始まり」を、立春(りっしゅん)·立夏(りっか)·立秋(りっしゅう)·立冬(りっとう)と位置づけ、季節の節目である「各季節の最後の日」を節分としています。

 

ということで、節分とは立春·立夏·立秋·立冬の前日を指し、年に4回あることになりますが、江戸時代以降は特に立春の前日を指すようになってきているそうです。

 

 

そんな節分ですが、なぜ日本で行われるようになったのかご存知ですか?

今から、それもお伝えしていきますね。

 

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節分の由来

節分 由来

節分は、中国から伝わったと言われています。

それを日本では現在のかたちでおこなうようになったと言われています。

 

中国から伝わった節分

古来中国では大晦日(おおみそか)に追儺(ついな)という邪気をはらう儀式、桃の木で作った弓矢を射って、鬼を追いはらう行事がありました。

 

新年を迎える前日に厄災をもたらす鬼を追いはらう中国での風習が、日本では節分として独自に変化、今に伝承されています。

 

日本の節分

日本の節分は、古来の中国から奈良時代の日本に伝わり、平安時代には宮中行事として「豆打ち」があり、江戸時代に庶民の間では「豆まき」として広がりました。

 

豆を「打つ」から「まく」に変化したのは、農民の豊作を願う気持ち祈願から、畑に豆をまく「しぐさ」を表しているそうです。

 

こうして、寒い冬の最後の日を、一年の最後の日である大晦日として厄災祓い、新年に福を呼び込む節分行事が日本に定着しました。

 

 

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なぜ2月3日を節分と言うの?

節分 2月3日

正しくは、「立春の前日が節分」になりますので、2月3日を節分というのは誤解だということがお分かりいただけたかと思います。

 

しかし、福豆をまいたり食べたり、恵方巻きを食べたりして祝う儀式をする節分は、2月3日ということで定着しているのはなぜなのでしょうね?

 

それは、これまでの多くの年で、立春が2月4日になるのが多かったため、前日の2月3日を節分と定着してきたようです。

 

ですが、本来は、立春が2月5日の年は、前日の2月4日が節分となります。

 

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2018年の節分はいつ?

節分 2018

2018年の節分は2月3日です。

2018年は立春が2月4日なので前日の2月3日が節分となります。

 

毎年の立春の日は、太陽の動きによって決まります

節分は立春の前日というのは不変の関係です。

 

では、立春、節分、春節(旧正月)の微妙な二十四節気(にじゅうしせっき)の関係と、太陽暦と太陰暦について、背景を見てみましょう。

 

二十四節気

二十四節気とは、春分の日を起点として、一年を二十四の節気に分けたことを意味します。

 

昼と夜の長さが同じになるのが春分と秋分の日昼が一番長くなるのが夏至夜が一番長くなるのが冬至です。

 

春分、夏至、秋分、冬至を4つに分けた中間点が、立夏、立秋、立冬、立春となります。

 

「太陰暦」の欠点は、四季の周期を正しく表せないということです。

そこで、調整する為に、太陽のめぐる周期、四季のめぐる周期の影響から、二十四節気が考えられました。

 

太陰暦だけでは表せない季節を、二十四節気でフォローしているのです。

 

立春・雨水・啓蟄・春分・清明・穀雨   

立夏・小満・芒種・夏至・小暑・大暑   

立秋・処暑・白露・秋分・寒露・霜降   

立冬・小雪・大雪・冬至・小寒・大寒

 

太陽暦と太陰暦

日本では現在「太陽暦」、昔は「太陰暦」を使っていました。

 

古来、暦や季節の移り変わりを知ることは、川の氾濫や農業など生活の上でとても大切な情報源として、継承されてきました。

 

ちょっと難しい話になりますが、それぞれ説明していきますね。

 

太陰暦-メソポタミア文明

節分 太陰暦

毎日姿を変える月の形の変化のリサイクルを基準としたのが太陰暦の起源と言われています。

 

月は太陽に対して太陰と呼ばれます。

 

太陰暦は月の公転が基準、月の公転の周期は約29.5日、12倍にしたのが1年となります。

 

太陰暦の1年は約354日に、これに対して太陽暦の一年は365日なので、太陰暦と太陽暦とでは、1年の日数が11日も違うのです。

 

太陰暦の最大の欠点は四季の周期を正しく表せない点で、調整する為に、二十四節気を考え組み入れています。

 

太陽暦-エジプト文明

節分 太陽暦

1年のサイクルを、星の位置の変化を基準にしたのが太陽暦の起源と言われています。

 

太陽暦は太陽の周りをめぐる、地球の公転を基準にしています。

 

地球が太陽の周りを一周するのにかかる日数=1年。

これを基準に一か月の日数を割り出しています。太陽暦の一年は365日となります。

 

太陽太陰暦

太陰暦の欠点をフォローする為に二十四節気が考えられました。

 

二十四節気は、太陰暦の影響を受けず、太陽暦的な存在です。

月の満ち欠けで暦月を区切る太陰暦に、太陽暦的な存在の四季の周期を表す二十四節気を組み入れることで、太陰太陽暦が完成しました。

 

それから二千年以上継承され、今でも旧暦として活用され、私たちの生活のなかにも引き継がれています。

 

 

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まとめ

節分 豆まき

いかがでしたか?

 

本来は立春の日の前日が節分だということ、ご理解いただけたでしょうか。

 

  • 2018年の節分は、2月4日が立春なので前日の2月3日が節分になる。
  • 2月5日が立春の年は、2月4日が節分になる。

 

ということが明確になりましたね。

 

本来は立春の前日が節分なのだ!をインプットして、2018年の節分を家族で楽しみましょう。

 

 

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